はちのへ六日町ものづくりプロジェクト推進委員会

女性から見た「ものづくり」委員会 第1回 A

1970年代には緑屋(後にWALKそして現在Rec.に)ニチイの大型店の出店そして地元のマルマツ、いわとくパルコ、モリカイ、男山ビル等の建設で六日町が八戸の商業の中心地となった時期もありました。現在はニチイ(マイカルグループ)の撤退はあったものの、Rec.の地元資本での運営でやや明るい兆しが見えてはいました、しかしVIVREをキーテナントとする隣接する三日町番町地区の再開発が停滞するなど不安材料も多い昨今です。

若者の支持を集めるRec.

飲食ビル「味ビル」
六日町は長横町と並ぶ飲食店の多い街です。特に1980年代後半から味ビル、ライオンビル、はせビル、ISビル等の飲食店中心のビルが増えました。
質問2:六日町を含む中心街は将来どんな街になったら良いと思いますか?
久保田 歩道が良くない。これは、どの先生も言う事。主人が30年ほど前、個々に歩いた。皆さんどうか引っ込むとお客さんの通りも良くなるからって。でも、歩いたって皆駄目。皆さんどうやってやればいいのか、意見も出ない。家では、歩いても駄目みたいだって話した。お客さんを受け入れるような歩道作りは大事。それが一番先だと思う。
三浦 まずは環境、歩きやすさという事。
久保田 若いときはいい。主人の母を車椅子に乗せて歩いた。これは重労働。こんな街は駄目だなと思った。今、柏崎小学校の辺りの歩道が整備されているが、やっぱり歩道が一番大事ではないか。それから物事を運んだ方がいいのではないかと思う。これは自分ひとりでは出来ない事なので、行政ともうまく連携しなければ、なかなか無理だろうと思う。六日町の歩道を作る時、深さ6センチにしようか8センチにしようかと問題になった事がある。ここはしばれるから絶対8センチじゃなきゃ駄目だよと一人でがんばった。そうしたら、皆さん賛成してくれて8センチになった。三日町は薄いのを使ってすぐにぱかぱかと壊れた。その点では成功したと思う。
三浦 他所から仕事や観光できた人が、美味しいものを食べて飲んで帰ろうとした時に、つまずいて転んだり、足をくじいたりという事があって、せっかくのいい思い出がぶち壊しになってしまう。夜は足元も暗いし、ちょっとお年を召した方はつまずきやすいという事もある。路上駐車も多いので、さらに歩道が狭くなる。若者がローラースケート等で遊んでいると、それも歩道から締め出されている事になる。歩行者の肩身が狭い。なんでこんな思いをしながら歩かなければならないんだろうというのがある。人が遠のく一つの原因となる。
久保田 ある程度セットバックして、軒並みを綺麗にすると解決できるのではないかと常に思っている。
三浦 照明の明るさ。夜でも明るい街になればいい。
倉本 六日町というより魚町に親しみがある。新鮮な、いい魚を売る店がもっと増えれば、お客さんも来るのではないか。あそこに行けばいい魚がある。地方へ発送するならここがいいというお店がある。そんな店が増えて欲しい。
三浦 今狂牛病で肉が嫌われているので、そうなると、魚の需要は増えるのではないか。
倉本 今の若いお母さんは、魚の名前も知らなければ、さばく事も出来ない。そういう事をやってくれている魚屋は続いている。ただ魚を置けばいいというのではなくて、特徴のある魚屋が出来れば、人も増える。
三浦 サービスしてくれる魚屋
女性 対話も出来る魚屋。
倉本 子どもの頃、魚町に毎日魚を買いに来た。魚屋が魚をおろしている所を見て、刺身の作り方も覚えた。出来たのを買った方が一番早い。でも、若い人たちに勉強して欲しい事はたくさんある。
三浦 さばきかたを知れば、食べようという人も増える。
倉本 そのままを買った方が安い。イキの良い悪いの見分けをつけなければ駄目。
女性 ヒラメも、お刺身にした後、残った部分を酒蒸しをして食べると全部食べられる。骨しか残らない。
倉本 料理学校に行ったわけでもないのに、全部の魚をおろせるようになった。人がやるのを見て、出来るようになった。良い事だと思う。
三浦 魚町の昔の雰囲気プラス、サービスがついたような魚屋が増えればいいなという御意見。
沼田 魚町の名前どおりの街になって欲しい。主婦がおいしいと実感したものをお土産にしたい。見て食べて実感したもの。家で焼いた魚と六日町の魚屋で焼いた魚は、何故か味が違う。そういう意味で、もっといろんな方が増えて、いろんな種類があったら、自然に足が運ぶのではないか。青森と違って、八戸の魚は種類が限られている。
三浦 それは魚市場の関係
沼田 イカの内臓の白い部分を食べられるという事を知らなかった。今まで捨てていた。知らないものを伝えてくれるお店がなかった。
倉本 県外の友人や親戚に、ホシガレイを送ると一番喜ばれる。秋から春にかけて、オイランガレイが出る時期よく送る。カレイの種類もおいしい時期もわからない人が増えている。
三浦 皆さん、魚に対する要望が強いようだ。
沢田石 魚町なので、街全部が魚屋でもいいんじゃないかという位の気持ち。しかし、魚屋が増えるという事は考えられるのだろうか?いろんな魚屋があれば魚町として望ましいとは思うが、今の状況を考えると、魚だけでは難しいのではないか。今、東京の日暮里が若者にとって魅力があるとテレビで見た。街をにぎやかにするためには、若い人の力が必要。ファッションだけでなく、クレープのように焼き魚を食べながら街を歩こう!くらいにもっていければ望ましい。若者を惹きつけるような、何かわからないけれど、何か面白いものが欲しい。魚屋を増やす事は出来るのか?魚だけにこだわらなくてもいいのではないか?魚ではない何かを考えなければならないのではないか。
三浦 魚も大事だが、魚以外の若者を惹きつける何かという御意見。
女性 時代が変わって、スーパーで全て手に入れる事が出来る。時代が変わってしまった。
沢田石 街を歩いていて、焼き魚のかおりもしなくなった。
女性 昔はあった。
女性 時化の日は、ここに魚は無い。私たちは納得する。しかし、そういう事が関係ない人は、品数が少ないと言う。
久保田 魚専門店よりスーパーの方が値段が安い。

戻る 進む