まちづくりものづくりフォーラムinはちのへ     2001年7月25日

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パネルデスカッション

三浦文恵

本日のすすめ方ですが、まず街づくりについてパネリストの皆さんにお話をお聴きしそれを踏まえた上で次は物づくりについて日ごろ考えているアイデア等について具体的にお聴きしていきたいと思います。そしてそれを踏まえた上で魅力的な街づくりそして物づくりのために八戸はどうしたら良いかについてうかがいたいと思います。

 

 

小寺隆韶

津軽から来まして48年、本籍も是川の縄文の里に移しまして南部人になったつもりですが、やはりどこかに津軽は残っているんですが、この六日町に縄文舎を構えることになり縁あってお付き合いが始まりました。明治大正時代にはこの六日町が最も人の集まる場所だったと言う事を知りました、それまで知らなかったんですが。この六日町は三日町などが少し寂しくなっている昨今に賑やかさをまだ失わないでいる、そしてこのようなフォーラムを開くなど街が新しくなって行こうとするエネルギーは六日町は持っていたんだなと思いました。私が考えることは、豊口先生にご意見に賛同するところが多くお礼を言いたいのと、実は鍛冶町片町の朝市に行っているんです。朝市中毒という言葉を作りました。八戸には毎日やっている朝市はここだけなのですが毎日コーヒーを飲みにといってもコーヒー中毒ではなく朝市中毒です。今回の委員にも朝市でお会いしますが、朝市に行くといろんな話が聴けるんです、健康に良いのは牛乳を飲む人ではなく牛乳を配達する人だという話がありますが、朝市では売ってる方も健康です、現在朝市の最高齢は85歳のおばあちゃんですが、その方の生活ぶりを以前TVでご紹介したことがあるんですがすごくいいんです。その人に合いたいんででかけるんです。日曜日は特に混むんですが波が2回来ます、5時半ごろと6時半ごろ、片町は陽炎のような町ですから4時半に始まり7時過ぎには姿を消して元の道路になってしまう、かっての六日町もきっとこの片町の朝市通りのようだったと思います。朝市にも魚(さかな)屋が4軒あるんですが、あるとき行ったら「すずめ」と書いてあるんで魚屋で雀も売るのかと思っって良く見たら蜆(シジミ)でしたがね。そういう処に行って思うのが人と人だと思います。委員の三浦福寿さんが言っておりましたが「朝市は一坪の舞台で何かを演じている、客はそれを見に来ている」そうでしたねぇ。あるとき朝市のおばあちゃんに代わって店番をしたんですが知人が通りかかったんで「買っていがんせ買っていがんせ林さん」そう言ったらパッと見て「あれーっ店出したの」と驚かれました。そんな事をしながら楽しんでいましたが、そういう楽しさがかつては街にあったんではないでしょうか。委員の久保田さんがうなづかれていますが、そういう人と人を中心に考えていきたい、そして既成の概念に囚われないという事には本当に真っ向から賛成していきたいと思います。

 

三浦文恵

朝市の話で人と人が触れ合うのが街づくりのキーワードになるのではというお話でした。次は物産協会の田村さん今日はご自分で開発したウミネコ柄のネクタイをされておりますが。八戸は来年新幹線が来るということで、物産協会も事務所は駅前ですが、新幹線開業を目前にして人の往来が激しくなると魅力的な街づくりというのが大事になってきますがそのあたりお考え何かありますか。

 

田村暢英

物産協会は物づくりというよりは、首都圏のデパートに行って物産展を開催して来るのが本業でありまして高島屋、三越、東急、小田急といったいわゆる一流百貨店を見る機会が多い。そこで良く言われるんですが、八戸は港町だというぐらいは何方でもしっているんですよ私は小中野(港に近い)に育っているので海の匂いと景色を見て育って来たんですが、八戸に来ると全然海が見えないという事で海まで案内するのに時間がかかる、もっと海を感じられる街だと思ってきたと言れる。中心街も特徴が無いと非常に手厳しく言われます、2年前六日町を高島屋の方を案内したら、楢山魚店で魚を炭火で焼いているんですがそこをすごく喜びまして、向かいには福真魚店もありこいう魚屋が何でもっと無いんだと言われたんです。ここは通称魚町と言われるんですよと説明したら、この辺の建物を壊して全部魚屋にすればいいとそう首都圏の方々は言われたんです。もっと魚のイメージの街であって欲しいな、その部分を夢見て進めたいと思います。

 

三浦文恵

港町という事ですが中々海が見えない、たしかに駅前でもまったく海が見えないですから、その魚屋さんの話は興味深い話です。次は石橋さんにお話をうかがいますがガラス作家の目で見た八戸はどんな街でしょうか。

 

石橋忠三郎

私の目から見た八戸、私は生まれは荒町(中心街の西端)ですがいつも六日町を通ってロー丁の映画館に行っておりましたが、アートという感覚を八戸からは受けない、アーチストが育たない街というのとはまた別ですが、展示する場所が少ないのは事実ですが、青森県で美術館があるのは八戸だけですが、今の施設は私が以前住んだ群馬県などに比べると23万都市としては貧弱かなと思います。アートに関しては音楽を含めて義務教育期間の小中学校のレベルの高さに比べて、高校そして大学はこれは八戸には無い訳で何処に原因があるのか考えると、アートが育つには自由が尊重される街でなければならない、アーティストは個性が大事なんですが、小中高と段々レベルが下がる=良いものを忘れてしまう、そういう事を考えると決して恵まれた場所で芸術は育たないとは思う反面八戸の街がかかえる問題がひょっとしてあるのかなとも思う。

 

三浦文恵

個性や自由が尊重されなければアートは育たないという意味では八戸はちょっと問題があるのではという意見でした。それでは酒造家で飲食店ビルを経営の駒井さん八戸の街は特に夜の飲食街は非常に活気あると言われますがそのあたりはどうでしょうか。

 

駒井庄三郎

私の経営する六日町の飲食店ビルを中心に六日町長横町ロー丁と飲食店街が集まっているのですが、最近の街の景気は低迷しています。我々から見ると夜の町が栄えないと賑わいは出てこないなと思っています。八戸の夜の街の特徴はただ飲み屋街が固まっている以外にさして特徴が無い八戸は海産物が美味しいがそれを食べさせる店はたしかにあるんですが他の都市に比べると八戸は特徴が無いと言われます。たしかに美味しい魚は提供できる体制にあるんですがプラスアルファの付加価値部分あるいはソフト部分では足らないような気がするんです。夜の街を蘇生させるにはまたいろんな問題があるんです、ひとつは歩道なんです、安心して酔って歩けないんです。そいうような環境整備の問題、ロー丁もそうですが道路の歩行者保護の立場での環境整備の問題が大きいと思います。また飲食店のソフト部分提供の方法の問題ではまだまだレベルが低いと思います。今のお客さんは従来の提供のほ方法では満足していない。

 もう一つは海の街の顔が見えない、駅を降りると田圃の中に着いたようでどうやって街に行くのか、新幹線が来てもどうやって海の街をPRするのか。私が住んでいるのは湊(みなと=港町)ですがむつ湊(駅前)の魚菜市場が八戸の顔だとよく言われますが中味を点検するとお粗末な部分が多い、観光客が買い物できるような場所ではない、ほとんどは業者が自分の商売のための物を買って帰る場所で朝3時から6時で終わってしまう。観光客はその後に来る。朝市のイメージが観光と結び附くかどうか一般観光客を呼ぶにはその販売のシステムを変えるのかソフト部分を工夫するのか今議論しています。 これは湊の一つの例ですが海の街八戸をどう活かせるのかですが、とかく部分的な事を考えがちですが八戸の中での各街の地域的な特性の認識が薄いような気がします。たとえば三日町の人はそこだけを考えるというような考え方では無く、お互いの地域の特徴を生かした街づくりをするべきではないだろうか。世界で八戸しか無い物を作るというお話がありましたが、新幹線を気に今それを大急ぎで進めるしか無いのではないでしょうか。

 

三浦文恵

夜の街の環境整備が急務、また地域ごとの活性化では無しに全体を考た上での地域の特性を認識する必要があるとのご意見でした。森貝さんは六日町の活性化を続けてきたのですが今回のフォーラムそしてこの委員会を作ったことのいきさつそして街づくりのついてお願いします。

 

森貝尚道

何故今助成金をいただき、ものづくりプロジェクトが街づくりなのか、私が八戸の帰って20年目ですが、私の買う八戸のおみやげはこの20年間ほとんど変わっていない、何故か地元のおみやげに魅力のあるものが無い、他の土地に行くとアイデアいっぱいのみやげ物がある。このままでは、新幹線とともに大資本が来て八戸の産業を壊してしまう。やはり地元の人が地元の材料で地元の商品を造るんだとうような事が今必要ではないだろうか。この八戸市六日町商店街振興組合は設立から9年目ですが当初200軒以上あった加入者が現在は100軒あまりです。何とかして衰退する街に歯止めをかけたいのですが、通常なら商店街はアーケードや歩道そして電線地中化等の計画を助成金をいただて進めるのですが、私はそれは今の時代にそぐわないのではと考えました。IT化の時代ですからインターネットを使ってあらゆる情報がすぐに得られます。これからはハードでは無くソフトの時代です。ネットワークに乗せて消費者が自分達の商品を造るという時代です、このネットワークを利用して街づくりのために自分達の誇れる商品を造りそれを販路に乗せて行きたいと考えています。六日町の商店主はいろいろな分野のプロです、その意見が物づくりに生かせるのではないかと考えこの事業を進めた訳です。

 

三浦文恵

ハードでは無しにソフトにお金をかける時代なんだという意見をいただきました。豊口先生街づくりのスペシャリストなんですが今日初めていらした八戸の印象はいかがでしたか。

 

豊口 協

長岡から八戸に来ましてあの新しい駅舎を見てショックを受けたんです。お金がかかっていますし象徴的な駅舎が出来あがっているんです。これは市民がJRと県そして市を動かして象徴的な駅舎を作っているんだなと思いました。新幹線が通るということは街が滅びるか生きるかどちらかしか無いんです。私達は新幹線が来るこの八戸の街がさらに活き活きと生きていくという筋道を造らなければならない。何故新幹線が八戸に来たのか20数年前から運動されていたそうですが、何故新幹線が八戸に必要かということです。新しい鉄道のネットワークが八戸を通って青森北海道に行く。日本海側に繋がるかもしれない。新しい交通システムの一部に八戸が入って行くということですが、今まで新幹線が通った街がどういう方向に進んでいったかをよく見て来なければならない。もう一つ今の時代がどういう時代であるかということをハッキリと掴んでおく必要がある。夜の商店街の話をうかがいましたし六日町の街の状況も先程拝見いたしました。今は街づくりも物づくりも変わる時期に来ているんです。従来の方法、従来のシステムではダメだろうと思います。2010年65歳以上の人が25%を超える。これは日本の歴史始まって以来ぶつかる社会構造なんです。そういう人たちが夜の街に出てきた時単に刺身が美味しいから食べるというのではなく、恐らく器についても文句を言うかもしれません。こんな安い皿使ってんじゃしょうが無いなこの店は。65歳以上の人の食文化っていうものがありまして、その食文化に対応できるような店のたたずまいと、器と親爺の感覚が必要なんです。今あるようなチェーンの居酒屋に65歳以上の人が入ってお刺身なんか食べないですよ。もう一つ65歳以上の人が街に出てきた時に安心して歩けるような歩道じゃなきゃダメなんです。あと10年以内にはほとんどの公共施設にはエスカレータが無きゃいけない訳です。北欧では140年かかって高齢社会に入っているんです。イギリスは75年フランスが45年です。だからロンドン・パリの地下鉄には階段がありません全部エスカレータです。日本の代議士がロンドンのエスカレータは古いな木でできていると言ったが、それは高齢者が転んだ時に怪我をしないために木でできているんでけして古いわけじゃ無い。今までは(木は古いというような)そういう認識しか無かった。だから日本は早くそういうことに対応できる街にしなければならない。新幹線が来たら外国人が増えます。外国人に対するインフォメーションのシステムができているか、朝市で外国人にどれくらいの情報を与える事ができるのか、これはフィンランドのヘルシンキの朝市なんか楽しくて楽しくてしょうが無い程楽しいですよ。パリもそうです。清潔で美しくて情報がハッキリ入ってきてしかも素人も店を出している、おばあちゃんが自分で編んだソックスを売っている。親から習った伝統的なパターンで1週間に3足ソックスを編んできて売っている訳です。これらには伝統的な味がありますから欲しくなるんです。朝市で工場で造った物を売ったってダメなんです。やっぱり自分達が造った物を売っていく、これがさっき小寺先生がおっしゃったマンツウマンのコミニケーションなんです。そういう事ができているかどうか、もう一つは女性対応の街になっているか。変な言葉ですが「女老外」という言葉があります「女性、高齢者、外国人に対応しているか」これがこれからの商売のターゲットなんです。ここに絞らないと街の活性化はできていかない、そこに新幹線が入って来る、時間が無いですね。ですから時代がどうなっているかという事をベースに置いていただいて、個々の問題にどう対処するか、これを皆さんで多いに議論していただければ素晴らしい結果が出るのではと思っております。

 

三浦文恵

新幹線が来るのは街が生きるか死ぬかどちらかしか無いという怖い話をお聴きしましたが。女性と高齢者そして外国人というキーワードが出ましたからこれを頭に入れて議論を進めたいと思います。

(物産協会の)田村さん今までおみやげ物とか数々の商品の開発に関わってきたのですが開発にあたっての苦労話と首都圏の百貨店での反応など商売として成り立つものづくりには何が役立つかそのあたりの話をお願いします。

 

田村暢英

物産展というのはこちらの物を持って行って首都圏で販売するのですが、いつも言われるのが地元で売れていない物は持って来るなといわれるんです。ところが私たちが(地元の業者に)物産展に参加してくれませんかと言うと「こっちであまり売れないんで向こうで売ってみようか?」という方が非常に多いんです。百貨店の方に言わせると大変失礼だ地元の人が買わないのをこちらで売るというのは失礼だしだいいち売れるはずがないと言われる。食べ物なんですがここにしか無いものだから大事に売ってくれと言われるんですが、八戸の場合向こうの(首都圏の)人は食べないんじゃないかという言い方をしてだから売れないんだと言う人がやはり非常に多いんですが結構年間80人ぐらい首都圏の百貨店の方が八戸においでになるのですが昼夜いろいろご案内するんですが、一杯飲むときこれ何だこれは何だとよく聴かれるんです、マグロとかハマチといったものにはそういった方たちはあまり反応しないんですが素朴な食べ物や見たことの無いものには非常に反応する。いい例は去年から南部煎餅の手焼きセットという事で造って南部煎餅を宣伝したいと思っていますし、ユートリー(地場産業振興センター)が中心になって煎餅汁というものを発売して煎餅シリーズとして従来の煎餅とそして煎餅汁と南部煎餅の手焼きセットで煎餅を焼いて遊べるんだよと常々話をしているんですが、おまえたち岩手の物を持ってきて売っていると言われます。物産協会に来て5年なんですが、煎餅屋さんは八戸の物産展にまず出たがりません、出ても一回で終わり、それは岩手の煎餅に勝てないということと八戸地域が煎餅の大消費地なのでここで消費するものを作るので精一杯、ですからお店を見てもわかるように津軽、下北、岩手の煎餅屋さんの商品が八戸の店に並んでいるのに、八戸の煎餅屋さんは盛岡にはほとんど出ていません。青森にもぽつっとある程度です。ですからここでやっているので精一杯だという事で八戸の煎餅屋さんがおやりのならないのかもしれませんが他地域では自分の煎餅が一番美味しいんだというこで積極的の出てきています。数年前東京近郊町田市の小田急百貨店で二十数年間物産展をやっているんですが三年ぐらい前当時の経済部長さんが見学に来られまして館内を見ていましたら実は積極的な弘前の煎餅屋さんが出ていまして名前が津軽煎餅ですが品物はまるっきり南部煎餅なんですが、その経済部長さんが「田村さんちょっと来て見ろちょっと来て見ろ表示が間違っている」と言うんです「南部煎餅を津軽煎餅って書いている」と言うんですが実は弘前では津軽煎餅って言うのが当たり前でして中野さんという煎餅屋さんが何十年も前から津軽煎餅を売っているんです。でそれを全国に売り込みたくて二十数年間町田で煎餅を売っているんです。それが売れるものですから八戸の煎餅屋が出る幕がないんです。デパートでも同じ煎餅は二ついらないと扱ってくれないんです。町田市民の中ではあの煎餅は津軽煎餅と言う名前でたぶん認知されていると思います、ちょっとオーバーかもしれませんがここにしか無い物を売っていきたいという事をもっと積極的にやっていかないと相手が受け止めてくれないよと特に百貨店関係の方には言われます。ですから私達は八戸周辺を歩き何か新しい商材が無いか探し紹介するということを積極的にやっています。

 

三浦文恵

南部煎餅の話非常に興味深くお伺いしましたが、積極的にここにしか無い物を売らなければならないという態度が大事というお話でした。駒井さんご商売ということでは田村さんと相通ずるところがあると思うんですが、今これがいいんじゃ無いかというアイデアがおありでしょうか。

 

駒井庄三郎

私も物産協会の監事をやっていましていろんな物産展には行っているんですが、八戸らしいものを造るという事になると自信を持って商品を造るという態度が弱いような気がするんです。ですから良いものが八戸にはあるんですが何故か腰が引けた商品作りをしている。それと材料を吟味する面では、たしかに美味いよと自分たちは言っているんですが、見た目とかデザインやネーミングを見た場合に何となく(お客様の)手が伸びないというような、やはりソフト部分でのインパクトが地場産品には弱いような気がするんです。食べてみればたしかに美味しいと私は思うんですが地元で売れる物を持っ来いといっても地元で食べているような物を本当に奨めていいだろうかという相反する感覚があると思います。その辺が迷いがあるような気がします。たしかに地元にしか無いものを素材としてまたソフト部分として上手く商品を造って何処の人に売るんだと誰に売るんだというターゲットを絞る事がまだ出来ていないような気がします。単にそれが普遍的に地元で売れればよそでも売れますよという事であればもっと自信を持ってやれば良いと思います。酒の場合はその辺が難しく全国地酒はある訳ででは八戸の地酒は何だという事になるとこれだいう事を打ち出すとなるとせいぜい水と蟹沢(がんじゃ)の水だと地元の米だと造り手は杜氏だとじゃどういうタイプの酒が良いのかというそういう商品創りのコンセプトがまだまだ我々自身も確立出来ずにずっとやって来て居るという現状でもあるのです。それが従来の地酒の蔵だとじゃそれが一般の方に受け入れられるにはまだまだ下手だと、良い酒は造るけれど売り方が下手だと良く言われます。地元の方々のものづくりはもっと自信を持ってやるべきだと思うし、ただ独り善がりの物を造ってもこれは怖い部分でもありますし、そのあたりを研究していかなければならないと思います。

 

三浦文恵

八戸ではなかなか自信を持って売り出す力がまだ弱いという事で、これから研究しなければならないテーマだと思います。石橋さんはガラスアーティストという立場で勿論芸術性という事では関心がお在りと思いますが、お土産品については単に良い物といういうだけでなく売れる物という事もあり難しいとは思うのですが、石橋さんはプロダクトデザイン(工業デザイン)の研究もされたという事で経済性と芸術性の兼ね合いというあたりからは、ものづくりはどのようにお考えでしょうか。

 

石橋忠三郎

昔学生の頃ある本に出会ったんです、Art and technorosy 芸術と技術という本だったんですがアメリカのルイスマンフォードが書いたものです。いろんな事について書かれた本だったんですが、その中に芸術というとファインアート絵とか彫刻と思われていますが、パン屋さんや鍛冶屋さんも芸術家じゃないかという考え方なんです。宮沢賢治の農民芸術とかいろんな捉え方があると思うんです。ファインアートだけが芸術じゃ無いという考え方なんですが、ものづくりという事になると相当な時間がかかると思うんです。あちらに在るオブジェの金太朗飴のような部分を大英博物館で観て撮っちゃいけない写真を撮って研究して造るまでに20年かかっているんです。それは素材的・技術的な問題を解決するのに相当な時間がかかると思うんです。アートいうのは研究だと思うんです、大学の研究室でやるような研究それを個人でやるから「あいつ変わり者だ」と言われるんですけれど、実はそうじゃ無くてかなり目的意識があってこつこつやっているのがアートなんですよ、それが完成した時は爆発的なヒット商品に成る事は可能なんです。誰も追従出来ない程売れるかもしれません、また売れないかもしれません、しかしその可能性を持ったものがアート、純粋な大学の研究室での勉強と同じだと思うんです。ルイスマンフォードが書いたような事は、職人さんが一生をかけてライフワークとして勉強していくんです。代々やっているところ、八戸にもパン屋さんもあれば鍛冶屋さん花屋さんも、葦毛崎(八戸市種差海岸の名所で砲台の跡が展望台として残るが一帯は山野草の宝庫でここを北限とするような貴重な植生も多い)にあるような山野草を街中に植えたらとてつもない立派な街になってしまう訳ですよね。そういう研究がこれから必要だと思います。ファインアートとデザインというのは切り離しては語れないものだと思っています。

 

三浦文恵

ものづくりには時間がかかる、それだけきちんとした物を造るにはいろいろ研究しなければならないというご意見をいただきました。小寺先生、先ほどの豊口先生のお話にも出てきたんですが朝市で売られているものはスーパーとかふつうのお店で売られているものよりすごく魅力的に見えますよね。手にしてみたいと思うことが多いんですがそのへんのところを。

 

小寺隆韶

朝市では物はあまり売っていないんじゃ無いですか。ひとつの例をお知らせします。妹にあぼう菊を送ろうとして、朝市では菊はあちこちに出回っていました、あちこちにザルの上に載っかって100円とか200円とか付いていました。その一軒に寄りました「いや1000円ぐらい欲しいだがぁ」と言いましたら「ありゃ多いなす----どごさやるのだす」「妹の所へ東京に居るんだが送ってやりたいと思って」と答えると「んだったらあそこの電信柱の所から買いなさい、こりゃ二番菊だから駄目でやんす、あそこのは一番菊だから大きくて良がんす」そう言ったんですよ。心を売ってますよね。みんなじゃ無いですよね。でも心を売っていますよね、私が人と人という事はそういう事です、朝市そのまま六日町に持ってこれる訳無いんです、ただ広場に成らないかと、過って中国でもヨーロッパでも広場が有りました広場には市が立ったです、朝市だけでは無く昼市夕市そして夜市もありました、そしてそこに集まった。そこでは人がいがみ合わないように王様が立て札を立てた棒に布を下げてそれに「悪さをはたらくものは厳重に取り締まると書いたんです」それが市の字の由来です。

 

三浦文恵

朝市だけでは無く昼市夜市もあったんですね。私は初めてお聴きしました。森貝さん、商品開発の事例を研究されたという事ですが、八戸に適用できるものが何か有りましたでしょうか。

 

森貝尚道

インターネットやTVでいろんな情報を探しました。その中で地元青森では大青工業という会社が林檎を冷凍保存する技術を開発したんですが、ぎりぎりの温度まで凍らせて保存する技術で、林檎の組織が死にたくないもので糖分を出して生き延びようとする、その事によって甘くて美味しい林檎になる。それを魚のヒラメに応用したところ生きたままアメリカに空輸することが出来た。京都では清水焼を研究してファインセラミックが出来た。京染めを研究したら写真製版技術を応用しデジタル化する事により製造にかかる時間2ヶ月を1日に短縮した会社も有ります。長野では不凍栓のメーカーが独自の技術と同じ長野にあるセイコーエプソンのデザインを採用して製品開発をしている。沖縄ではサトウキビを原料にした染色をして、協同組合組織で研究機関とのネットワークでネクタイ、テーブルセンター等を造っている。大阪では繊維が盛んな街ですが、PETボトルを原料にニット製品を造っている販路は商工会議所で5%のマージンを得ている。という形で21世紀型の産業が他地域ではどんどんと出来ています。八戸はイカの水上日本一ですが函館より商品としての消費は少なく特にお土産品はほとんど無い。水産高校は八戸にしか無いのにそういった商品の研究はしないのだろうと思っています。八戸には工業大学が有りますがそういう商品開発には関わっていない。これからはそういった産学民一体となったナットワークで八戸ならではの商品が開発出来ないかと考えています。静岡では一店一品運動を県が提唱している、小さな店でも他に無い商品開発、お客様の声を聴いた商品造りを商工会議所といった組織が応援している。そういった組織を使って八戸ならではの商品を造りをしていきたいと思っている。40歳以上の女性に満足してもらえるような商品造りをデザインという視点から捉えていくために本日のパネリストの人選を致しました。

 

三浦文恵

たくさんの全国の事例をご紹介いただきました。豊口先生ご自身も工業デザイナーとしてご活躍ですが、デザインは未来を素敵にするという持論をお持ちですが、デザインを重視した商品、お土産品など八戸で出来そうな物がありますでしょうか?

 

豊口 協

八戸で出来る事ですか。私長岡に住むまで東京生まれの東京育ちだったわけです。ところが長岡に住むようになって解った事が有るんです。まず大学の有り方ですが、地元に特化しなければならない。東京を向いて人材育成をしてはならない、東京を向いて研究をしてはならない。という事で先生方はほとんどの方に長岡に住んでいただいている、東京に家が有ってもいいが長岡にも家をという事で80%以上の先生が長岡に住み家を持っています。東京から先生をお迎えするのだから、家を建てたりアパートを借りてあげましょうというのが普通なんですが、将来の人材育成をするのだからここ長岡に住んでもらうのが当たり前でしょうということで一切そういうことをしていません。地元から依頼された仕事はそれを優先してやるように、大学にデザイン教育開発センターという窓口を設けました。地元の企業、官公庁、商店から依頼されたデザインに関する仕事は全部引き受ける。しかしこれは委員会を設けて個人が引き受けるか、大学として引き受けるか、企業等との共同開発にするかというランクづけをしましてそれを受け入れている。もう一つは地域プロジェクト演習というもので、地元に何が欠けているかを学生に研究させてそれを両学科の学生を横割りにし、20人でチームを作って(今二百数十人いますから10チームが出来るのですが)それに研究をさせて市役所のロビーでプレゼンテーションさせるんです。そして、企業がそれを必要なら企業が、行政がそれを取り上げるなら行政にそれをやってもらうんです。8年目を迎えるんですが、すでにその研究成果が現れています。市内の循環バスが低床式(床の低い)になった。それを越後交通が取り上げまして循環バスは将来的に全部その型にするという事でスタートを始めています。病院などパブリックな場所のバス停は(長岡は雪が降りますので)どういういバス停がいいかということで提案をして実験的に今それが造られている。大学と地元との連携で新しい物づくり街づくりをしていこう。お土産もいくつか作られてきたんですが、新しいお菓子、雪とウサギがいっしょになったような面白いお菓子が出来ました。新しいキャラクターも出来てそれが実際の商品に移っていくいうような事もやっております。もう一つは長岡には国立の技術科学大学が在ります。この地域でのいろんな研究開発を信濃川テクノポリスという組織が受けて、そこに技大や長岡造形大学の教員が参加してプロジェクトをやっていく。やはり産学官がいっしょになってやらないとなかなか良いものが出来てこないと考えております。今新潟県には燕三条に地場産センターとリサーチコアという機関がありまして、その研究要員として長岡造形大学36人の教員がすべて嘱託として登録されております。何か在ったときには直ぐに協力して開発する、デザインをするという組織がようやく出来あがり動いている。ですから八戸も独特の素晴らしい技術を持った水産高校が在る、それは捨てがたい物だと思います。それから工業大学が在る、こういうところといっしょになって新しい未来の八戸の、物そして街づくりの基本的テーマを具体化していくということは、市民といっしょにですが、一番重要な事だと思います。やってみると本当に面白い。たとえば浴衣、夏祭りの浴衣を作っている所があるんですが、そのパターンを考えたんです。今まで浴衣は夏の物だからと全部夏柄の模様ですが、ところが学生が考えたのは雪柄の浴衣、雪の結晶や雪景色をデザインした。これが地場(雪国)としてもまた夏に涼しさを感じさせるデザインとして成功した。というような事もあるんです。

 

(以下パネルデイスカッションは予定した1時間を大幅に延長して続き一般市民からの質問もありましたが、用意した媒体74分MDがここで終わり記録としては残りませんでした、ご了承ください)